「 デンマークの鯨漁は認められ日本のイルカ漁が糾弾される理由 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年4月30日・5月7日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 885
東日本大震災で明らかになった最も深刻な問題点の一つが、いまさらではあるが、日本の情報力の欠如である。
情報力の基本は、(1)正確な情報の入手、(2)誤解を招かずわかりやすく伝える、(3)最速のタイミングを計る、に尽きる。今回の原発事故では、明らかに日本政府の情報力の弱さが被害拡大の要因となった。
事故からひと月以上が過ぎた4月17日、クリントン米国務長官は自ら希望して訪日した。日米同盟の絆と日米関係の強固さを確認することは、中国やロシアへの抑止力ともなる。
一方、長官は原発事故に関しても重要な情報を発信した。事故直後、米国政府は自国民に日本、特に東日本からの退避勧告を出したが、今回、長官は原発から50マイル(約80キロメートル)圏内を除き、退避勧告を解除したのだ。
「米国のビジネス関係者やその他の米国人にも、通常どおり日本を訪れ、生活するようにと奨励しています」と述べ、福島第一原発周辺地域への警戒は必要だが、それらを除く日本は安全だと明言したのだ。米国やフランス、その他多くの国が退避を指示したのは、日本全体が放射能で汚染されたと見たからだ。退避勧告の解除は、一部地域を除く日本全体の安全がわかってきたからだ。
日本の安全性が判明しても、誤解は一人歩きする。3月の貿易統計が貿易黒字の前年同月比80%減少を示したように、あらゆる分野で日本の輸出品が風評被害を被っている。情報力の欠如が国力を殺いでいるのだ。
情報発信に関する消極性が日本を不当に追い込むもう一つの顕著な事例にイルカ・鯨漁がある。この件での「日本対世界」の対立の奇妙さを分析したのが吉岡逸夫氏の『白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由』(講談社新書)である。氏の指摘は、情報力を磨かない限り、日本は原発事故でもイルカ漁でも不当な敗北を喫し続けることを示している。
和歌山県太地町で行われている伝統のイルカ漁が「ザ・コーヴ」(入り江)として米国で映画化され2010年のアカデミー賞を受賞したことは当欄でも取り上げた。
同映画にはイルカの血で赤く染まった湾が日本人の「野蛮さ」と「残虐さ」を示す場面として繰り返し出てくる。世界で日本人だけが「こんな殺し方をする」という強いメッセージを、映像は発している。
ところが、デンマークのフェロー諸島でも同じように多数の鯨を浅瀬に追い込み、海を赤く染めて殺して食料にしているところがあった。そのことを吉岡氏が詳しく報じたのだ。
衝撃的なのは右の書に掲載された写真である。「ザ・コーヴ」が伝えた太地町のイルカ漁の映像とまったく同じでありながら、伝わってくるメッセージは天地ほども異なる。数十頭の鯨が後頭部から円を描くように深く切り込まれて血の海に並べられている。その海岸には、幼な児からお年寄りまで多数の人びとが集まり、豊漁を喜んでいる。鯨漁には誰でも参加でき、参加すれば鯨の肉を分配してもらえるのだそうだ。
このフェロー諸島にもシー・シェパードがやって来て漁を妨害した。そのときからフェロー諸島の人びとは伝統としての鯨漁を正当化する情報発信を始めたそうだ。今では鯨をいかに素早く殺すか、その道具や手法から、どのように食生活に取り込んでいるかまでを説明し、正当化するDVDを作製しているという。
太地町の人びとと外務省がイルカ漁について沈黙を決め込む日本とは対照的である。結果、フェロー諸島の人びともデンマーク政府も、もはやシー・シェパードにも国際世論にも糾弾されることはない。情報を正確に早く、堂々と発すること、情報力を磨くことによってしか、日本は勝ち残っていけないと思うゆえんである。